言葉と沈黙と 第12号

2017年12月

付録「一日生涯塾」特集

世界平和を祈る女性デー 2018年度 南アメリカ・スリナム国

2006年研修の合間に会議スイス・チューリッヒ

2007年会議 シャフハウゼン 左・クルツ氏と右・次年度役員

2007年にシャフハウゼンでクルツ教授に薦められ 帰国後には即弊研究所を開設。
あれから10年・・2017年7月弊研究所に、繋がる皆さんから大きな花束と共に
祝福をいただき、当日、女性のための生涯塾に参加していた方々とご一緒に
気持ちを新たに、ザクロジュースで乾杯!

親愛なる読者の皆様へ

あと数週間で今年も暮れようとしておりますが、皆様方には元気にお暮しのことと拝察しております。
毎年のように本年度もまた大変お世話になりましたことをこころから感謝申し上げます。当方妻と私、そして遠くに住む娘も元気に活躍しておりますので他事ながらご休心ください。

さて、私は三年前尚絅学院大学を定年退職して以来、専ら心理療法家としてロゴセラピー&実存分析研究所に専従として活動をしております。

弊研究所には定期的に集って問題を論じながら学習したり、談笑したり、生活を語る皆さんに耳を傾けることもあります。昨日も、女性のための生涯塾と名づけた定例勉強会があり、対話の仕方について講話しながら、生きるってことは簡単なようでなかなか容易なことではないのだなと改めて思わせられていました。

今月2017年度12月は四人の研修生が働きながら携わってきた十年がかりの研修と訓練を終了しロゴセラピーの心理療法家として誕生します。同時にわたしにはこれから益々重責になることも覚悟をしております…。

十年前に弊研究所をクルツ氏(彼はV.E.フランクルの愛弟子であり、牧師時代の同僚でもあり、ロゴセラピーに於いては先輩でありまた師でもある同志です)に薦められるままに開設し、ロゴセラピー研修会や様々な形でロゴセラピーの勉強会を始めた頃には、学習用のテキスト作成には力を注ぐかたわら、自分の事は書かないと自分に決めていました。そして、二年半前までそれを守っていました。

定年退職後1か月経たぬうちに弊研究所とは最短距離に在る現在の住居に引っ越した時から少し時間が出来て、タイプに向かう余裕が生まれ、ならばここでと思い立ちわが半世紀の内の一部を記しておくことを思い立ちました。今は日夜、ラストスパートに余念がありませんが、少しでもまとまったものを残したいと願いながらパソコンに私の考えを打ち続けています。

娘は何度か仙台を訪れていますし私共夫婦も時には片方だけで、時には会議の合間に会いに行ったりもしていましたが、今年は私共の健康状態もあって、とうとうフェイスブックとメールでの交信だけになっていました。彼女はドイツ北部のハンブルクの大学修士でディプローム心理学を取得、2年間広告会社で職業訓練を受けた後、ハンブルク市内にある出版社G&Jに20年近く勤務しています。今年初夏には伴侶の住むオルデンブルク近郊のスマホの通じない小さな村に転居し、週の内3・4日をハンブルクに宿泊して職場に通い、金曜日から週末にかけては自宅在住、時に月曜日はハウスオフィスで仕事をすることもあるという、日本では考えられない仕事の形態を実践しています。私共にとって興味深いのは娘の伴侶も娘同様心理療法家だということです。

ドイツではその土地の人口や状況に比例して心理療法診療所が何軒必要であるかの指定がなされています。市役所に療法家として診療所で住民のために仕事をしたい旨の申請をし、認可を得て初めて診療所で勤務できます。資格があっても勝手に診療所を開設は出来ないというシステムです。彼は病院専属の療法家でしたがそこから独立して彼の職業を実践しておりますが、なぜ我が家に療法家ばかり集まってしまったのかはよくわかりません、がともかく、そうなってしまったのですから面白い出会いだなと思ったりもしています。

日本国内には専門的な教育研究所においてロゴセラピーという心理療法を完全に修めて資格を得た人間は、今日まで私と妻以外には居ない、のだということが帰国後20数年を経て解ってきました。責任が重大であることを思います。私どもが関わる人々への心配りもたとえ小さくても形にして残すことができたらよいと思っています。

国内でロゴセラピストを志している人々の中にはドイツ語圏に青春時代から滞在20数年間という経歴を持つ方は居られないので、ある種の責任と緊張は日々感じております。日本での生活を経験しながら、この国における精神生活や人間関係の形には時にはちょっとだけ違和感を想わせるものがあるようにも感じております、がしかし、そうかと言って、問題ばかりという訳でもありません。

実際に誰にしても、どの家庭そしてどの会社、どの国においても良いこと、喜ばしいこと、希望を与えてくれる人々や物も豊富にあります。それを土台にして改めてしあわせを体感できます。

このような意味で皆様に、素晴らしい年末と良いお年をお迎えくださいますよう、ご健勝とご多幸をお祈り申し挙げます。

ドイツ・ディッテルスハイム・ヘースロッホ村
  11世紀のビザンチン様式教会
〜〜 牧師インターン時代の2年間をここで修行させて戴きました 〜〜

2017.12.12 記
安井 猛 PhD(マインツ大学プロテスタント神学部)

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研究所へ連なる親愛なる皆様へ

本年もいよいよ暮れるモードに入っていますね。年が明ければ人生の一部を過去の中へ納めることになる。様々な思いが去来していると思います。

研究所へ来られる方はどちらかというと女性が多い。

研究所を訪ねてこられた皆さんに今年はどんなことがあっただろうか?皆さんはどんな様子だったろうか?楽しそうだったか? それともどちらかというとあまり楽しそうではなかったか? わたしは妻になんとなく好奇心から尋ねてみましたらその答えは、皆さん、楽しむというよりも、責任もあり、心配りや手ぬかりなく片づけなければならない事柄のほうが多いのではないかなぁ。という返事でした。勿論、何を基準にして良かったとか、あまりよくなかったというのか、その判断の基準をどこに置くかにも拠るね。とも語っていました。

それぞれの人にその人の人生観があるし、生活を取り巻く環境もあるし、社会の全体的な雰囲気にも影響されていることもあると思います。或いはそれぞれの方が自分から、家族からそして社会から何を期待し、何を期待しないかということも判断するときの問いになります。何をどの程度期待してよいか、元々期待のできないこともあるのではないか。他者には一義的には分かりようがない。

一つ一つの家族が社会の中で実際にどのような状態で繋がっているかについては、明確に解かりようもないし、家族構成についても詳細に知ることは不可能ということかもしれませんね・・・。

妻は弊研究所のすべてを切り盛りしてきました。彼女の助けがあってここでの行事総てを最善の形で提供できたと思っています。
女性のための生涯随伴、生涯カウンセリング、生涯塾や勉強会などなど。行事への参加者数は多くはありませんが、常に大事に扱っているようです。

これまで平成の中盤頃まではどちらかというと「女性にとって家庭は大事」ということが言われてきました、それはそれで大事に違いないけれども、「世の中」というものが存在する。この「世の中」の中に入って行くことも、他ならぬ女性達にとって重要なのだと妻は話していました。これを何らかの程度において果たすことが必要ではないか。これが「女性の自立」ということではないかと。研究所での勉強会は「それぞれの女性がその人なりに個性を活かして自立してゆく」ということのためにある、という。
家庭を大事にするということは、女性各自の「自立」と「家族関係」との調和と関連とを並行して考え、互いが成長するということではないか、とも言います。

惰性と好みと習慣だけで世の中に繋がっているのでは、いずれ不足感が産物として残り、家族の一員としての居心地を悪くするのではないだろうか。
この点において、皆さんはどう思われますか?
家庭内のことと自分自身の自立とをうまく調整しながら今日までを過ごしてこられて、どのように考えておられるでしょうか?

子供の勉強、子供の努力、とどう向き合うか?
子供の努力が報われない時に親としてどの様に態度するか?
子供の安心は親子の対話が成り立ってこそ存在する。
自立しようと努力する母親の疲労を誰がどのように助けるか?
家庭内で調和のとれる安定と対話をどのように作るか?
子供が勉強できない時、子供だけのせいだと誤解していないか?
心配ごとがあるとき、家族との対話ができているか?
老い行く日々をどうすれば女性の自立と並行させられるか?
時と共に激変する社会全体の複雑な感覚をどう掴むのか?
どうしたらこれで良いとおもえるだろうか?

ほぼ、このようなことが今日の妻と私の主な会話の内容でした。これは人々への批判や攻撃ではありません。妻と私の世相に対する反応、とでも言いましょう。妻と私の照準は何処までも研究所内外のカウンセリングにおいて観察される「世の中」と、世の中の様子の「現在の流れ」にあります。この「流れ」を捕らえて、皆さんの参考になるかな、と思いながら二人の会話の中から列挙してみました。

日毎のなりわいの中に在る、人知では計り知れないほど深い神様の「恵み」、この過ぎ去り行く古い時から 来るべき新しい時への転換期に、私たちが神様からいかに多くの賜物を戴いて生きることを許されているかということを考えております。
この時の転換期に私たちが神様の恵みにいかに多くを負っているかに感謝しつつ、皆様の平安を祈念申し上げます。

安井猛、うゐこ

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アイシテルと叫んだ。
そうしたら、景色が変わった。
私は愛してるのだと気がついた。

S.I.

これは、先日プロスポーツ観戦にいったときの私のことです。故郷のスポーツチームの応援歌に「愛してる○○」と故郷の地名を入れた歌詞があり、そこが観戦初心者の私でも唯一聴き取れたので、大勢の観客と一体となり歌ったのでした。とても自然にしたことなのですが、叫ぶ自分の声が耳に響くと、不意に目頭が熱くなってしまいました。

故郷を愛してるとのセリフ、10年前の私は言えただろうかと自らに問いかけます。言うだけであれば、できたかもしれません。でも、20年前の私は、間違いなく言えませんでした。自分のルーツを嫌悪していましたから。必死に一人前になろうとしていた、未熟な私だったからでしょう。この年齢にたどり着き、故郷は思うほど悪くはなかったと思います。

昨今の日本では、教育や憲法の改正により愛国心を持つ国民育成の推進が取りざたされています。私は愛国心そのものは否定しませんが、その育成を国が主導してやってはいけないのではないかと個人的には思います。また、二分の一成人式なるものが流行りの学校行事としてあることにも疑念を感じます。学校に親を招いて育ててもらった感謝を子供たちが発表するそうですが、この是非を議論する新聞記事を見かけます。2つに共通することとして、誰を愛するのか、何を愛さないのかは内心の自由として全ての人に保障されなければならないものなのに、それが守られていない事態に思えます。また、様々な境遇で、思想で生きる人を計らずも差別してしまう危険性もはらんでいると思います。心理療法を学ぶ者としては、幅広い価値観に触れ、相容れないものとも向き合える雰囲気の世の中であってくれれば、子どももお年寄りも障害者も健常者も、皆がそれぞれのペースで成長を遂げ続けられるだろうと希望が抱けます。

20年前の私に思いを馳せ、あるいは同郷であっても私とは違う人生を辿っている多くの方の存在を思いつつ、またあのスタジアムで「私は○○を愛してる!」と声高らかに言いたいなと思っています。

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毎日の生活のなかで

会社員 千葉 幸恵

今年、研究所は設立10周年を迎えた。開設当初からお世話になって思うのは研究所での人生の学びは誰にでも開かれていて、いつでもどこからでも始められるということだ。この度も原稿募集の案内文に「自分改革」という新しい言葉があった。今回はこの言葉から考えたことや最近の出来事を通して思ったことを書こうと思う。

『日本人のこころとロゴセラピー・般若心経』セミナーの第二回(2015年12月)のことだった。安井先生から私たち受講者に向けて、お釈迦様(語る人)と菩薩様(受ける人)の関係について「仲立ちを必要とすること無くお釈迦様のお話を直接聴くことができる私たちは、みな菩薩なのです」というお話しがあった。私は畏れ多くて自分を菩薩様と同じにはできないと思い尋ねると、先生はさらに説明をしてくださった。「お釈迦様と私たちは〈お釈迦様と菩薩様〉〈お釈迦様と私〉〈お釈迦様と〇〇さん〉・・・という関係なのです」とおっしゃり、私たちは平等にお釈迦様の言葉を聴く場所に立っていること、お釈迦様の言葉を聴こうとする人は自分を菩薩だと定めて良いということ、さらに「自分の"いま存在するここ"(立ち位置)を知れば良い行いができるようになりますよ」と教えてくださった。

「縦の立ち位置」に配慮する生活に馴染んでいる私にとってそれはある種のショックだった。もちろん職場などの社会生活では与えられた自分の持ち場ということがある。しかし生きることにおいて、わたくしはこの世にただ独りのわたくしとして立ち堂々と存在していいということなのだ。そうか、私の隣の人もその隣の人もみんながそのようにして立っている人たちなのだ。私は、なんて開かれた世界観なのだろうと思った。

その頃から私の心にはひと様との関係でなんでもできる、やれるようになりたい、と思うことが具体的な行動として浮かぶようになった。それは些細なことでもなかなか実行に移せなかったからである。2か月ほど前の或る時、つまり1年以上もの時間を要したのだけれども、職場でのある出来事に遭遇した時に(ここだ)と気づき、行動した。

場面は展開していった。この時、状況の変化を見ながら私の心には戸惑うほどの様々な思いが刻々とあふれていた。むしろ、これまでうやむやにしてきた感情をはっきり認識したと言う方が正しいのだろうと思うようなことであった。

後々になって私は、私自身の行動することへの恐れと不安が、内に湧き上がる感情の扱い方をわからない自分に起因していたのだと気が付いた。自らを動けなくしていたものは、これまで身に着けた習慣や、性別や出身地といった属性からくる不要な恥じらいなどであったこと、また周囲への配慮や思い遣りの足りなさといったことが自分自身にフィードバックされる感覚に襲われることがあることも解かり、私はそれらにようやく納得した。

行動を増やす努力を続けるなかで、失敗したかな、他の方法があったのかな…と自信を持てなくなることはしょっちゅうで、まるで人生の初心者マークのようだと苦笑いなのだけれども、そういう時は心の中で周囲の人に頭を下げながら(大丈夫、次に工夫してみよう)と自分を励ますように心がける。10年後、研究所20年の時のニュースレターに私は何を書くのかなあと思うと見当がつかないが、元気があり真の自立がわかるわたくしになっていたいと思う。

生き方は学ばないとわからないということさえ知らなかった私が、10年間、ここ『日本ロゴセラピー&実存分析研究所 仙台』に於いて人生の勉強を続けさせていただいている幸運を思い、この場をお借りして改めて心からの感謝を申し上げます。

終わり

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道しるべ

松田 史子

私には今年95才になる義母がいる。小柄で明るくマンションの階段ももくもくと歩く元気な義母である。5人の子供を育て上げ、 今は次男夫婦と孫夫婦と住んでいる。
何十年と朝は誰よりも早く起き、働き者で知られている。
いつお会いしても、あたたかい明るい笑顔と慈しみのある方でいたわりの言葉で迎えてくれる。

家に3か月程滞在したこともあったが、今まで一度も嫌な思いをしたことがない。
仏語に「和顔愛語」という言葉があるが、 仏教を信仰しているそうで、 まさにそれを実践されてきた人のように思う。

人生はよく四季に譬えられるが、義母もたくさんの苦労があり、いろいろな時代を精一杯生きてこられたんだろうなと生きる姿勢に頭が下がる。
年配の方にはその方の生き方や考え方などたくさんの経験と生きる知恵が、道しるべのようにある。そのようになりたいものだと感心することも多く、自らを省みることもある。

20歳の頃児童施設での実習先でクリスチャンの先生から手づくりのしおりを頂いたことがある。しおりには「つねに喜べ、そして祈りすべてのことに感謝せよ」 と書かれてあった。
その当時はとても感動して、 そのように生きていきたいと思ったが、その後しばらくこの言葉を忘れていた。

人が生きていく時にはいつもうれしいことばかりとは言えず辛いことや切ない出来事が起こり、喜びと感じ取れないこともある。
そのような中にあっても常に自分の望む今・そして未来を見据え、たくさんの宝物を心に受け止めて、このしおりに書かれている喜び、祈り、感謝する心をずーっと持ち続けながら日々歩んでいきたいと考えていたいと思う。

日常でなかなか受け入れられない出来事がある時には、自分の問題として冷静に考え対処していけるようになりたいと考えている。
自分の生活の基盤を大切にするとともに人の役に立てるよう社会と関わらせていただきたい。

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2017年度9月第3土曜日16日

『女性のための一日生涯塾』へようこそお越し下さいました。
一日をご一緒に穏やかに豊かに過ごすことが出来ますように〜。

9時〜9時20分

早朝からのお出かけ準備〜、乗り物にも揺られておつかれさまでした。
白湯は大ポットに、知覧茶を白ポットに、お茶請は卓上に、人数分を用意しておりますので、しばしお寛ぎください。
コーヒー・紅茶もありますのでご遠慮なくご利用下さい。

9時25分頃〜

指導:やすいうゐこ
体調に合わせて、腹式呼吸 調心・調息・調身と整えて瞑想に入ります。坐瞑想・上向き・うつ伏せ等、体調に合わせて選択して下さい。
20分後にはゆっくり上半身を左右前後斜めに動かしながら、同時に環を描くように動いて血流を平常に戻します。それから呼吸を腹式から普通に戻して下さい。

9時45分〜10時15分頃

指導:やすいうゐこ
体調が落ち着いていることを確かめてからゆっくり立ち上がって下さい。
お手元のプリントを参考にリンパストレッチを始めましょう。
一つ一つの動きは10秒間保持します。身体がどのように変化をしているかを確認しながら愉しんでください。
ただし、違和感がありましたら!即そのまま止まって深く腹式呼吸をしてから、ゆっくりもとの態勢に戻って下さい。

少しの無理は必要ですが、ひどい筋肉痛や不快感の我慢や無理は絶対に禁物です。ちなみに、最近になってリンパストレッチという言葉が流行していますが、リンパストレッチそのものは=気功・太極拳・アレキサンダー体操・ピラティス・ヨガ等々でのインナーマッスル&その効能と全く同じです…。また、経線(メリディアン)=氣の流れる道、或いは筋肉や血流の詰まりをほぐすために刺激を与えるポイントも鍼灸指圧マッサージなどと寸分違わない同じカ所です。

15分間休憩

鍛錬の刺激から心身を寛がせるためにさ湯をお奨めします。

10時半〜11時

『四苦八苦』
安井猛PhD による講話

しくはっく・・・って くろう のこと?
くろう・くろう・くろう
くろうって やだなぁ〜〜〜、くろうなんか したくないなぁ〜〜〜
苦労は良くないことのように大人たちが会話しているのを
聴いたこども達はどうしているのだろう〜〜〜〜〜
とても気にかかります〜〜〜 見たことのない  くろうって・・・ くろうって何のことなんだろう〜〜〜
いったい 誰に訊ねたら わかるの????
おとなたちにだって たぶん わからないんじゃないかなぁ〜〜〜
・・・・その くろう って一体何者なの???? ちょっと知りたい!!
その正体は一体 何??? なのでしょう か ???

四苦八苦を学ぼう。

四苦八苦とは 以下のことを言う

1)生きることは苦である
2)年をとることは苦である
3)病気になることは苦である
4)死ぬことは苦である
5)愛する人と別れることは苦である
6)憎い人と一緒に居ることは苦である
7)生命力が旺盛であるが生きる目標がないことは苦である
8)目標はあるが、それを達成するための生命力がないことは苦である

世の中は苦ばかりなのか??
それとも少しは楽があるのか??
どうなのだろうか??

四苦八苦の項 終わり

11時〜

ブランチ〜人数分を卓上に盛り付けてありますので各自で配膳をお願い致します。遅れてお越しの方もおられますので、残っている個分け分はそのままにしておいてください。ご自分のための配膳が終わりましたら、それぞれで 黙祷をしてお召し上がりください。
なを、この時間にお食事代¥1200を集めさせて戴きます。
*食後にお昼寝・ちょっと横になりたい方は畳マットを使ってください。

12時〜

コラージュに入ります。絵や写真探し・本からの切り抜きから始めますが、創作中は立ったままでの作業をお奨めします。時々座ったり、脚を動かせたりマッサージやリンパ体操でリフレッシュしてください。
リンパや血流のためには、じっと腰かけたままや、座ったままよりも立って仕事をする方が體のためには良いことが最近解ってきています…。
*折り紙マンダラ・本や記事などからの・・必要な部分はA4までコピー出来ますのでお申し出ください。
*午後のおやつと飲み物は人数分個分けしておりますのでご自由にご賞味下さい。

15時〜

安井猛による、創作コラージュの品評&無意識の意図を掘り出し次のステップを話し合う。創作者御自身の主張や感想、観覧者の感想イメージなども勿論伺います…。写真にも撮らせて戴きますので御諒承ください。

17時10分〜17時20分

瞑想(感謝して呼吸を整えましょう)

17時20分〜

夕食の支度。
バスの都合でご帰宅なさる方々のために早目の夕食になります…
お持ち帰りも可。

夕食後はもう一度ご自分の作品と向き合いながら、品評や会話の続きを語り…、新しい作品に取り掛かることも出来ます。
定例生涯塾のように配布テキストを添付しておりますのでそちらもご覧戴き対話の資料にご利用下さい。
日中、口も手も頭も同時に働かせながら作品を仕上げ、考えたこと、尋ねたいことなど浮上している事柄の意見交換も可能です。
明日からの新しい一歩のために、よりいっそう愉しい夕刻を寛いでお過ごし頂ければなにより幸甚に想います。

22時30分〜10分間

瞑想 一日を感謝して呼吸を整えましょう

〜23時

本日の行事は終焉致します。
お泊りになりたい方いらっしゃいましたら、どうぞごゆっくり和やかにわぃわぃと・・・
寛いで弊研究所の畳マットでお過ごしください。

一日生涯塾参加者のコラージュ創作品から

M.S. 海外旅行の想い出と晩秋の落ち葉と

M.M. 海〜陸へ〜陸〜海へそこに生きる動物たち〜帆掛け船〜

Y.C. 企業構成から見えてくる社会の封建制との闘い

M.S. 夢と厳しい現実との狭間をユーモアで〜好きな花々に癒されて

C.S. 寅年生まれ 私の趣味と家族と

J.S. 春に出かけた旅行の想い出と切り紙蝶を併せて

F.M. 仕事と趣味と世界にも目を向け〜寛げるひとときの感謝

コラージュ創作には隠したい秘密が潜んでいることをみつけて驚くことも
創作者も気付かないことが観る者には見えて
予想できないことが沢山湧き出てくるのもコラージュの面白さです

切り抜き模様の色合わせ、新しいデザインも生まれる模様つなぎ、カラーの豊富な写真集や雑誌を見慣れることからコラージュ創作は始まります

2018年度一日生涯塾 6月第2土曜日 AM10:30〜PM7:30

主催:日本ロゴセラピー&実存分析研究所・仙台
講師・指導:認定ロゴセラピスト 安井 猛 PhD(マインツ大学)
認定ロゴセラピスト:やすいうゐこ

U.Y. 開放

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あとがき

第12号 カンセイで〜〜す。
ご寄稿戴いたS.I.様、千葉幸恵様、松田史子様、発行までの長い間忍耐を戴きありがとうござました。
お蔭様で こうして皆様のお手元に届けることが出来ました。嬉しい限りです。

ところで今冬は早くから、冷え込みが厳しくなりましたが、御家族の皆様共々にいかがおすごしでしょうか。冷えますと腰痛やひざ痛が起こりやすく、じっとしていると痛みは増すようです。軽いテレビ体操や足踏み、スクワットを繰り返し、足首と膝の周りをやわらかくマッサージして、痛みを和らげて、イタイのイタイのとんでけぇ〜〜のおまじないでお大事になさってください。

くる年も安井猛の3つのセミナーは続きます。

第3木曜日 19:00〜 職場でのストレスゼミ
第3金曜日 19:00〜 ロゴセラピーと日本人のこころ・般若心経を読む
第3土曜日 10:00〜 フェルデンクライス 理論と実践

いずれも 1ゼミ2時間 ¥12,960(消費税含)です。
ご希望のセミナーがおありでしたら、お申し出いただければ大変幸甚に思います。

やすいうゐこの担当

第2土曜日 女性のための生涯塾
第4金曜日 わぃわぃ月末談議
13時半から 生涯随伴総合的カウンセリング
ご希望の日時は打ち合わせ致します。

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みなさまへのおねがい

弊研究所をいつまでも生き生きと活用できるためには皆様からの援助を必要とせざるを得ない状況という時代になりました。物価の高騰や政治の混乱に負けることなく、家賃・水道光熱費・雑費・文具・備品等々必要不可欠なものは沢山ありますが、弊研究所の活動を支障なく続行することが出来ますように、と願いながら・・・・
大変唐突ですが、皆様に心から募金のお願いを申し挙げる次第です。

お振込がご不便な方には弊研究所研修室に貯金箱を用意しております。
お振込で差支えのない方には下記をご利用いただければ大変幸甚に思います。

店コード:266
銀行:七十七銀行 西多賀支店
口座:普通
口座番号:5510864
振込先:ニホンロゴセラピーアンドジツゾンブンセキケンキュウショ センダイ ヤスイタケシ

言葉と沈黙と

【単価】
税込 ¥1080,−

【第12号発行】
2017年12月25日

【発行者】
安井 猛 (PhDマインツ大学プロテスタント神学部)尚絅学院大学名誉教授
日本ロゴセラピー&実存分析研究所・仙台 研究所所長
ドイツ国一般社団法人ドイツロゴセラピー&実存分析協会(DGLE)認定ロゴセラピスト
ドイツプロテスタント教会・ヘッセンナッサウ(EKHN)認定パストラルケアラー

【住所】
〒980-0014 宮城県仙台市青葉区本町1-13-32(株)オーロラビル605

【ファックスのみ受付】
022-707-4582

【JILEXオフィス】
jilex-tws.okiu8@agate.plala.or.jp

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