弊ロゴセラピー研究所の提供する療法は生活の広い範囲において適用されます。
体調不良、無気力や閉塞感、感情をコントロールできない、何かにとらわれて動きが取れない、いらいらする。心配や不安感、喪失感、孤独や悲しみから抜け出ることができない。迫る別離に苦しんでいる、嫌悪感や憎しみに圧倒される、欲求不満に陥る、生き甲斐がない。無意味また無価値感が付きまとう、退屈する、虚無的な人生観、葛藤があって決めることができない。なんらかの依存があり、止まない。
企業あるいは職場におけるストレスマネージメント、スーパービジョンがほしい、コーチングが必要である。キャリアを決めるにあたって相談したい、うつと付き合う方法が知りたい。職場の人間関係が悪く悩んでいる、燃え尽きた。余暇の過ごしかたがわからない、仕事と家庭生活が両立できない、妻あるいは子どもと話ができない、夫との溝が深く話ができない、やり直したいけど、どうしたらいいか分からない。子どもの教育に迷う。生活疲労がある、退職後の生き甲斐を探している。
精神科医に通いながら、随伴的に心理療法を使って心身面の状態を整えたい、日常生活において自立できる精神力を養いたい、意味と目標を見つけたい、心と精神を鍛えて社会復帰をしたい。
芸術、道徳および宗教の領域において成長するためアドバイスが欲しい。子どもがセクトに入って困っている。
クライエントがすべてこのような領域において自分の客観的な状況を理解し、自分の能力を振り返り、自分だけの意味の可能性を見つけ、それを実現するための面接を提供いたします。ご遠慮なくお問い合わせください。
心を見、目標を持とう!一片のロゴセラピー入門
セミナーの対象
さまざまな領域の方々を念頭に置きました。企業マネージャー、キャリア相談および人事関係者、医療看護および相談で患者と交わる機会の多い方々、幼稚園・小中高校大学の教育者、各流派各得意分野の心理療法家、不安感に悩み人間改造を願う方々、夫婦および家族の中での葛藤やひきこもりがあってお悩みの方々、ロゴセラピストあるいはロゴセラピーに興味のある方々など。
セミナーはテーマに興味を持つ一般の方々に開かれています。ロゴセラピーや心理療法に精通している必要はありません。どなたにも理解できるように講義がなされます。
記
日時および時間 |
2008年5月11日(日) 6月15日(日) 7月13日(日) |
|---|---|
場所 |
仙台市青葉区本町1丁目13-32 株式会社オーロラビル605号室 |
受付人数 |
先着8名 |
お申し込み方法 |
早めのお申込みをお願いします。遅くともセミナー開始の3日前まで、あるいはその都度のセミナーの3日前まで |
費用 |
全3回分 36,000円(税込み) ※原則として全3回参加です。やむを得ない事情のための部分的参加は1回14,000円(税込み)となります。 お申込み後すぐに下記の銀行口座へお振り込みください。 七十七銀行西多賀支店普通口座 5510864 ※キャンセルあるいは欠席による返金はいたしませんのでご了承ください。 |
持参するもの |
筆記道具(※昼食および飲料は各自でご用意ください。) |
参加証明書 |
3回のセミナー終了後にお渡しいたします。部分参加の場合はその終了後にお渡しいたします。 |
2008年5月11日(日)のプログラム
不安は4つのかたちを持っている(1) ― シゾイドと「うつ」と
9:00〜9:10 |
挨拶そして1日の流れの説明 |
|---|---|
9:10〜10:30 |
報告 シゾイド的人格タイプとは? |
10:30〜10:50 |
休憩 |
10:50〜12:00 |
話し合い「このタイプは自分の周りにいますよね。それとも自分自身、このタイプ?」 |
12:00〜14:00 |
昼食および休憩 |
14:00〜15:20 |
報告 「うつ」的人格タイプとは? |
15:20〜15:40 |
休憩 |
15:40〜17:00 |
話し合い「このタイプは自分の周りにいますよね。それとも自分自身、このタイプ?」 |
17:00〜17:30 |
ミニ・ロゴ講座 |
17:30 |
セミナー終了 |
解題
ロゴセラピーと深層心理学との関係は焦眉の問題である。これに関連してドイツの精神分析家、フリッツ・リーマン(1902〜1979)の『不安の4つの基本形式』によるシゾイド(統合失調症)的、うつ的、強迫的そしてヒステリックな人格タイプ論を紹介しよう。
シゾイドとは孤独を好むタイプである:「中年の男性。自分がアウトサイダーであることを痛感する。人々は彼を拒否し、嘲笑し、批判する。彼は自分がどこにも居場所がないと思う。悩み、不安になる。職場でも異端児、「非常に難しい」人間と見なされ、厄介者扱いをされる。上司を皮肉り、傷つけ、理由なく同僚に言葉で切りかかる。服装や生き方も尋常でない。周囲の者たちは彼から距離を保ち、彼と自分たちとの間に共通点はないと判断する。」
「うつ」は、ここでは1つの人格タイプを表わす:「若い女はカフェである男と知りあった。男は女に自分は離婚し孤独だといい、彼女の同情を誘った。2人はその後何度も会い、男は彼女と結婚したいといった。女は彼を気に入ったのでも、愛したのでもなかった。ただ男が彼女を必要としたように思われたので、「ノー」と言って彼を失望させたくなかった。彼女は正しい瞬間に「ノー」と言えなかった。彼女はもっと前に拒否的態度を取るべきだった。意志したのでも、気づくこともないまま、振る舞いによって彼に希望を抱かせてしまった。最終的に拒否の返事をした時、女は罪責感に襲われた。」
シゾイド的なタイプも「うつ」的なそれもよく見かけるタイプですね。前者は自己喪失の不安を、後者はつながりの喪失の不安を持ちます。あなたはそのような不安を経験したことがありますか?両人格タイプの「愛」と「攻撃」と「生活史」と「症状の体験の仕方」を詳しく見よう。
2008年6月15日(日)のプログラム
不安は4つのかたちを持っている(2) ― 強迫的とヒステリックと
9:00〜9:10 |
挨拶と1日の流れの説明 |
|---|---|
9:10〜10:30 |
報告 強迫的人格タイプとは? |
10:30〜10:50 |
休憩 |
10:50〜12:00 |
話し合い「このタイプは自分の周りにいますよね。それとも自分自身、このタイプ?」 |
12:00〜14:00 |
昼食および休憩 |
14:00〜15:20 |
報告 ヒステリックな人格タイプとは? |
15:20〜15:40 |
休憩 |
15:40〜17:00 |
話し合い「このタイプは自分の周りにいますよね。それとも自分自身、このタイプ?」 |
17:00〜17:30 |
ミニ・ロゴ講座 |
17:30 |
セミナー終了 |
解題
このたびは「強迫的」と「ヒステリックな」人格タイプです。強迫的人格の抱える不安は変化と不確かな物事への不安です。「よく躾けられた若い男性はある婦人とダンス教室で、ペアで踊った。そのあと帰宅の途につく。彼はこの女性を好きだったが、帰途彼女を腕の中に引き寄せ接吻したいという願いに襲われた。彼は自分の大胆さに驚き、不器用に振る舞って彼女に拒否されることの不安にとらえられた。彼は通りに沿って並ぶ木を絶望的な気持で数え始めた。その結果、彼が危険だと判断した衝動を実際の行動に移さないで済んだ。なぜ並木を数え始めたことが、誘惑に屈しなかったことに通じたかを理解できなかったが、ただ絶望的な気持で木を数えたことにショックを覚えた。」
ヒステリックな人は現在の生活と人間関係が持続し安定し、習慣化することに不安を感じます。新しいもの、刺激、未知なものを求め、冒険に喜びを感じ、変化と危険と自由を肯定します。夫婦の関係でも機会を見ては関係を壊すことに専念する傾向があります。「彼女は自分の振る舞いと対決する用意がなかった。もし対決していたなら、きっと洞察を得て、夫と対話するチャンスを持っただろうし、2人はもっと近寄ることができただろうに。彼女は拘束されることが嫌で、自分についてもっと多くを知ることは面倒だった。なぜなら、そうしようとすると彼女からますます多くの努力が要求されることになっただろうからです。このような事情には彼女の母との関係も一役買っていた。」
上記2つの人格タイプをどう思いますか?伝統や規則や習慣に固執して、変化し成長することを拒否するほうですか?それともまったく反対に人生を否応なしに拘束するものから逃げるようにさまざまなことを企てますか?
2008年7月13日(日)のプログラム
不安は4つのかたちを持っている(3)― ロゴセラピーと深層心理学
9:00〜9:10 |
挨拶と1日の流れの説明 |
|---|---|
9:10〜10:30 |
それぞれは自分がどんな人格タイプであるかを絵で描写する? |
10:30〜10:50 |
休憩 |
10:50〜12:00 |
絵の説明をする |
12:00〜14:00 |
昼食および休憩 |
14:00〜15:30 |
不安は人間の在りかたの構造を開示する、あるいは人間は何者? ― リーマンによる |
15:30〜16:00 |
休憩 |
16:00〜17:30 |
ミニ・ロゴ講座 深層心理学を顧慮するなら、ロゴセラピー的面接はどう行われ得るか? |
17:30 |
セミナー全3回終了 |
解題
不安は元来人間の存在がどのような仕組みになっているかを指し示します。それは一方で人間が自己存在であること、そして彼が好むと好まざるとに関わらず他者と関係することを指し示します。これが1つ。不安はさらに人間が人間として持つ制約があり、彼はそれを引き受けなければならないこと。そして同時に人間は制約に従いつつそれを超える自由を持つこと。これは不安が指し示す2つ目のこと。人間の自己としての存在と彼の他者とのかかわり、そして人間の持つ普遍で恒常的な約束と、それに応答する人間の自由。人間はこの2重のかかわりが交錯する存在です。
あなたの場合、それぞれのかかわりが含む両極が相互に補完しあい、メリハリのついた生活をしているだろうか?それぞれのかかわりが含む両極の均衡が破れ、葛藤があり、シゾイド的人格タイプあるいは「うつ」的人格タイプ、また強迫的人格タイプあるいはヒステリックの人格タイプのいずれかが出ているだろうか?シゾイド・タイプと「うつ」・タイプ、また強迫・タイプとヒステリック・タイプがかかわりあったら、どうなるのか?葛藤か、それとも両方とも理想的に生きられる関係が現れるだろうか?そのために人は何を学ぶのでしょうか?
リーマンによると自己自身と他者へのかかわり、人間の根本制約と彼の自由という2重の両極と、その完成された関係のかたちはすでに世に生を受けるとき各人に「完全な人」として与えられています。人間が生きるとは彼に寄り添うこの不可見の全人に応答すること。人間はこの彼を目標として幼年期以来蓄積した1つ1つの障害を直していく。このようなのがおよそリーマンの深層心理学的見解であるが、ヴィクトール・フランクルのロゴセラピーの見解はそれと比較してどのようなものか、両者はどうつながるのだろうか?